精神医学の歴史(前半)

はじめに

精神科の病名についてで述べたように、精神科の病名はちょっとわかりにくいものとなっています。なぜそんなことになっているのか、もうちょっと詳しく知りたいという人向けに、今回は精神医学の歴史について簡単に紹介したいと思います。前半と後半に分かれています。

19世紀の精神医学:牢獄からの解放

19世紀以前、精神疾患の患者は「病人」というよりも「囚人」という扱いを受けていました。ヨーロッパでは精神疾患患者と囚人が同じ施設に入れられるなど、劣悪な環境に置かれていたのです。その状況を見かねたフィリップ・ピネルがフランスの精神病院で改革を行い、「精神病患者を鎖から解き放った」のが、近代精神医学の始まりとして知られています。

19世紀の中頃になると、ヨーロッパの各地で精神疾患の研究が進められるようになりました。その集大成の一つが、エミール・クレペリンによってなされた精神疾患の症状に基づく分類です。これを基礎にして、20世紀の精神医学は発展していくことになります。

精神疾患の原因の探究:伝統的診断基準とその弱点

20世紀に入ると、ジークムント・フロイトらによる精神分析の考えが広く精神医学に広まるようになりました。無意識に抑圧された葛藤が神経症(ヒステリー)の原因であり、精神療法を通じてそれを解放することが治療であると述べたのです。他にもカール・ヤスパースらの精神病理学は、現象学の方法を取り入れて精神疾患の心理的な側面を明らかにしていきました。

この中で精神疾患は、その原因に基づいて外因・心因・内因の三つに分類されて捉えられるようになってきました。外因性精神疾患とは、身体や脳の疾患や傷害によって引き起こされたものです。そして、心因性精神疾患とは、悩みやストレス状況など心理的葛藤から症状が生じるものとなります。最後に内因性精神疾患とは、明確な原因がわからず、気質や遺伝によって引き起こされるようなものを指します。

この分類は「伝統的診断基準」や「従来型診断基準」と呼ばれ、今でも臨床実践の中で用いられ続けています。ただし、こうした外因・心因・内因の区別は分かりやすい一方で、現在は研究が進む中で単純に分けられないことがわかってきています。しかし何より問題となったのは、こうした原因に基づく診断を行うと、同じ患者でも診察する医師によってバラバラの病名がついてしまう、ということでした。精神疾患の実態の不確かさについて批判がなされることも多くありました。

それでも20世紀前半までの精神疾患の治療は、その症状の背景と意味を理解し、治療者が同じ人間として接近していくことでした。そのため医師によって診断名が違ったとしても、その治療に関して大きな問題がなかったと言えます。しかしそうした状況を一変させる発見が訪れます。

向精神薬の発見

1949年、オーストラリアの精神科医であったジョン・ケイドが、いい加減な実験の中で偶然、双極性障害に対するリチウム塩の効果に気づきます。これが精神疾患に対する薬物療法の端緒を開くことになりました。

1952年には統合失調症に対するクロルプロマジンの効果が確かめられ、そして1957年にはイミプラミンによってうつ病治療薬も発見されることになります。

人類は心の病に立ち向かう大きな武器を手に入れることになったのです。

しかしそうなると、診察する医師によって診断名が異なる状況が問題となります。その疾患に当てはまるような患者を正しく取り出さなくては、正確な薬物の効果の測定ができないからです。精神疾患への薬物治療の開始が、いつどこで誰が診断しても一致した結果が出るような、統一された診断基準を作成することにつながったのです。

精神医学の歴史(後半)に続きます。

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