前回、精神科の病名とは実体的なものではなく、作業仮説として捉えられると説明しました(精神科の病名について(1))。今回は、精神科の病気が何を対象として扱っているのかについて述べてみます。大まかにその対象としては「脳」「こころ」「パーソナリティ」の三つに大別して捉えることができます。
「脳の病気」の扱い方
精神疾患が対象とするものとして、まずあげられるのが「脳」となります。つまり、精神疾患とは「脳の病気」であるという見方です。人間を一つの生物として捉えた時、その「こころ」を作り出す臓器は脳となります。この臓器としての脳が異常を起こすのであれば、それが元となって作られる「こころ」にも異常が生じるであろうというのは、とても自然な考えであると言えます。
さらに正確にいうならば、精神科の病名となる「脳の病気」とは、脳の異常のうち「外から観察できないもの」であると言えます。
例えば交通事故などによって脳が直接的に傷ついたり、脳梗塞や脳炎などによって脳の機能に問題が起こると、さまざまな精神症状が現れます。しかし、これらは基本的には精神科というよりも、脳神経内科・脳神経外科が主に対象とする問題となっています。
この差は、実際に脳を観察して異常が見つかるかどうか、で大別することができます。精神科の病気のほとんどは実際に脳を観察しても異常が見つからないのに対して、脳神経内科・外科で扱う病気は脳をみるとなにかしら病気の証拠をみつけることができます。ただし、認知症やてんかんといった、精神科でも脳神経内科でも対象となる疾患も存在しています。
内因性という「脳の病気」
話を戻すと、この「外から観察できない」脳の異常としての精神疾患のことを「内因性精神疾患」と呼びます。
外から観察できないのに脳の病気であることがなぜわかるかというと、脳の中で働く物質を増やしたり減らしたりする薬によって、その病気がよくなることが確かめられているからです。またその病気の発症にあたって、十分に他人が理解可能な原因が見つからないこともその特徴です。「あたかも脳の内部から湧き上がる」ように見えることから、「内因性」と呼ばれるのです。
精神科のお薬がよく効果を発揮すること、他人からみて理解可能な明確な原因が見当たらないことというのが、内因性と呼ばれる精神疾患の大きな特徴となります。それは外から観察はできないものの「脳の病気」であり、その主な治療法としてはお薬をしっかり使うことと、憎悪させないようにストレスから離れてしっかりと休養をすることになります。
内因性精神疾患の代表例としては、統合失調症や双極Ⅰ型障害といったものが挙げられます。うつ病は以前は内因性精神疾患の代表例ともいうべき疾患でしたが、現在うつ病と診断される人は必ずしもそうとは言えないことが指摘されています。
「こころ」の病と消え去った神経症
精神疾患が対象とするものとして、次にあげられるのが「こころ」となります。つまり、精神疾患とは「こころの病気」であるという見方です。
精神疾患の中でも、脳の病気として見るよりも「こころ」の問題であると扱った方が良い、と判断されるタイプの病気があります。先程の内因性の精神疾患とは反対に、こころの不調の背景に明確な原因が存在している場合です。以前はこのタイプの疾患は内因性に対して「心因性」と呼ばれたり、あるいは神経症というカテゴリーをされていました。
こうした神経症と呼ばれるタイプの精神疾患は、その原因を取り除いたり、背景にあるこころの葛藤を自覚することによって解消していくと考えられていました。しかし研究が進む中で、神経症と呼ばれる疾患にも内因性の要素が見つかったり、薬物療法にもある程度の効果があることがわかってきました。そのため現在では内因性や神経症といったカテゴリーは用いずに、表面に現れた症状で分類するという操作的診断基準が用いられています(参考:精神医学の歴史(後半))。
現在では神経症というカテゴリーは用いられてはいないものの、しかし依然としてこころの問題が大きく影響した精神疾患というものが存在しています。現代的な治療においては、お薬の力をある程度は借りつつ、そうした問題については精神療法で扱っていくことが標準的な対応であると言えます。
「パーソナリティ」の病
最後に精神疾患が対象とするものとしてあげられるのが、パーソナリティとなります。精神医学では「パーソナリティ障害」として扱われるものです。
その定義は「その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験および行動の持続的パターンであり、ほかの精神障害に由来しないもの」とされます。つまり、大多数の人とは違う反応や行動をすることであり、それによって本人が苦しんでいたり、周りが困っている場合に診断されることになります。
以前は、パーソナリティ障害は内因性の精神疾患や神経症とは独立したものとして考えられていました。それぞれ別のものとして評価することが求められていたのです。

しかし現在では、この二つの軸は合流して捉えられるようになっています。また、ある病気の不完全な形として位置付ける流れもあります。また一部の精神科医やカウンセラーからは、とりわけ境界性パーソナリティー障害のような病名は、複雑性PTSDなど幼少期からのトラウマ体験から生じるものであり、そうした病名がつけられることの問題についても指摘されるようになっています。
これはパーソナリティ障害で述べる「パーソナリティ」が、心理学の述べるパーソナリティ、いわゆる「性格」とは随分異なるものであるためだと考えられています。パーソナリティ障害と心理学のパーソナリティ理論を統合させようという試みはあるものの、まだ診断基準に採用されるに至っていません。
いずれにしても、パーソナリティ障害に対しては薬物療法というよりも、精神療法や環境調整がその治療に適していると言われています。併存する精神疾患の治療と並行して、丁寧なアセスメントに基づいた介入が大切になります。
参考文献
笠原嘉(1998)精神病 岩波書店