精神科の病名について(3)

精神科の病名が作業仮説であること、またそれが脳・こころ・パーソナリティという三つの領域を主に対象とすることについて述べてきました。今回はもうちょっと詳しく、どのように精神疾患の診断がなされるかについて述べてみます。

精神疾患の診断の特徴

診断とは、医師が診察や検査などを行い、健康状態や病状を判断することです。診断を通じて、病名はつけられることになります。精神疾患ももちろん、その例外ではありません。しかし精神疾患の診断においては、いくつかの特徴があります。

本人の主観によって診断される(記述主義)

まず、精神疾患の多くはあくまで本人の主観に基づいて、判断がなされるということです。精神科の病名について(1)でも述べましたが、精神疾患の多くは、血液検査やレントゲンといった、明確で目に見えるデータに基づいて診断名がつけられるということはありません。繰り返しながら、近年評判となっている光トポグラフィなど、客観的なデータを提供するとうたっている検査も、現在のところあくまで診療を補助するに留まるものです。

あくまで診察の中で、本人の口から語られる内容(主観的体験)から、精神疾患の診断は行われることになります。これを専門用語では記述主義と呼びます。

原因を特定せずに診断される(操作的診断基準)

また精神疾患の診断に関しては、原因を問わずになされるというのも特徴となります。精神疾患に有効な薬物が発見されるまでは、原因から病名を分類する方法が用いられていました(伝統的診断分類)。

こちらでも述べましたが、この方法には、診察する医師の見方によって、同じ人でも診断名がバラバラになってしまうという問題がありました。精神疾患に対する薬物療法が発見されてくると、統一した診断がされないことで問題が生じるようになり、そのため症状の有無やその継続期間の情報によって、原因を特定せずとも、精神疾患を分類することができる診断基準が作成されることになりました。

現在では、この診断基準に基づいて精神疾患は診断されるようになっています。これを専門用語では操作的診断基準と呼びます。

精神疾患の診断基準

主観的な体験に基づいて、主に原因を問わずになされるという特徴としては同じなのですが、現在、日本では異なる二つの診断基準が用いられています。それぞれ発行元が異なり、また収録されている疾患名も少し異なっています。

DSM

まず一つ目の診断基準が、DSM(精神疾患の診断と統計マニュアル)となります。これはアメリカ精神医学会によって出版されており、このブログの執筆時はその第五版である、DSM-5という診断基準が用いられています。

DSM-5では精神疾患は19の障害群としてまとめられており、かなり細かくそれぞれの診断基準が定められています。 またDSMは、薬剤や精神療法の効果研究のために使用されています。そのため、精神疾患の治療を行う際の根拠として主に用いられる診断基準となります。

ICD

もう一つの診断基準が、ICD(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)となります。これは世界保健機構が公表している分類であり、DSMとは異なり精神以外の疾患も含まれたリストとなっています。このブログの執筆時 (2022年1月)はその第11版であるICD-11が公表されていますが、日本では依然その一つ前のICD-10が広く用いられています。

ICD-10では精神疾患が10の障害群としてまとめられています。ICDの病名は、障害や年金の認定など、主に公の機関が関わる際に用いられています。

伝統的診断分類

最後に、現在ではあまり用いられることのない、病因論から分類する診断方法である伝統的診断分類についても触れたいと思います。伝統的診断分類の考え方によれば、精神疾患は外因性・心因性・内因性の三つに分けることができます。

外因性とは、脳や身体などにはっきりとした障害がある場合に生じるものを指します。うつ病であれば、脳梗塞や甲状腺機能低下症によって生じるものがこれに当たります。心因性とは、心理的なストレスによって引き起こされるようなものを指します。うつ病であれば、近親者の死など強い喪失体験によって生じるものがこれに当たります。内因性とは、はっきりとした理由がなく生じるものを指します。きっかけはあるものの「ひとりでにおこる」ようなうつ病がこれに当たります。

伝統的診断分類の長所としては、説明として分かりやすいということがあげられます。またそれぞれによって薬の効果の現れ方も異なるために、現在でも治療的に有効であると言われています。しかしながら、先にも述べたように診断する医師によって診断がバラバラになってしまうという問題に加え、それぞれをクリアカットに分けることが難しいということも明らかになっています。そのため現在は、公にはあまり用いられなくなっています。

精神疾患の診断の実際

精神疾患の診断は、実際の臨床場面でさまざまな目的によってなされます。客観的なデータによって決められるものではないため、同じ人でも目的に応じて異なる病名がつくことがあります。

薬物を処方するため

まず精神疾患の診断は、薬物が処方される際になされます。医師によって処方されるお薬は、その薬剤が効果がある病気に使われる必要があります。そのため、薬物を処方するために、精神疾患の病名が決めなくてはならないのです。

もちろん、その人の病名がまず診断され、それに応じた薬剤が出されるというプロセスが原則になります。しかし実際の臨床場面では「この薬剤を処方するために病名をつける」ことも度々見られます(いわゆるレセプト病名)。

こうした病名は、あくまで保険診療のシステムを用いるためにつけられるものであり、本人には分からないことがほとんどです。しかし「診察時にカルテが見えて、そこに書いてあった」など、まれに目に触れてしまう場合があるようです。

福祉的サービスを受けるため

次に精神疾患の診断は、福祉的サービスを受ける際になされます。自立支援医療制度や障害者福祉手帳など、精神疾患の診断を受けることで、公的にさまざまなサービスの利用が可能になります。そうした福祉的サービスの申請時に診断がなされ、病名がつけられることになるのです。

こうした福祉的サービスの受給の対象となる病名は、ICDに準じたものとなります。あくまで公的な枠組みでの診断名であり、実際の治療のための病名とは異なる場合もあると考えられます。

情報を提供するため

そして精神疾患の診断は、病院外に情報を提供する際にもなされます。会社や学校に提出するための診断書がその代表例です。休職などの指示をする際の根拠として、精神疾患の診断がなされ、それが診断書に書かれることになります。

しかしこうした診断書も、あくまで目的に応じたものとして発行されるため、実際の治療のための病名と異なる場合もあると考えられるでしょう。

自己理解のため

最後に精神疾患の診断は、患者本人や家族が自分の特徴を理解し、回復に向けた努力や工夫を促すためになされます。診察の中で、医師から告げられる病名がこれに当たります。この目的でなされる診断が、治療のための病名であり、もっとも重要であると言えます。

しかし、直接医師から病名を告げられない、ということもありえます。それには、いくつか理由が考えられます。まずは、病名を今は告げるタイミングではないと医師が判断している場合です。治療を進める上で、こうしたことが起こる可能性は十分ありえます。

あるいは、現在の困りごとが特定の病名に当てはまらない可能性です。精神疾患でなくても、人間は傷つき、苦しむことがありますから、そうした場合も十分に考えられます。

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