耐性の窓について

はじめに

今回は「耐性の窓」という概念について紹介します。これは、過去にとても辛い経験(トラウマ)を負った人の感情調整や対人関係の問題について理解し、対処するための重要なヒントになります。トラウマがあることで現在の生活の中で困り感を持つ人や、トラウマ治療に取り組んでいる人向けです。

トラウマを負った人の感情調整の問題

トラウマを負った人の中で、自分の感情調整がとても苦手な人たちがいます。そのタイプは、大きく三つに分けられます。まず、些細なことでキレてしまったり、緊張や不安が高まりやすかったりという「動」のタイプ。反対に、気持ちが常にゆううつでやる気が出なかったり、いろんな活動に回避的になったり、という「静」のタイプ。そして最後に、場面や時間によって「動」と「静」を行ったり来たりするというタイプです。

いずれの状態でも、本人や周囲は「性格に問題がある」とか「メンタルが弱い」と思っている場合が多いです。しかしながら、現在はこうした感情調整の問題は、トラウマ由来の神経系の反応のパターンと考えられています。これらは「ポリヴェーガル理論」から説明されますが、その全貌は複雑なためここではポイントを絞って、トラウマ体験後に生じる「動」と「静」の反応、という視点からお伝えします。

「闘争/逃避」反応と過覚醒状態

トラウマとなるような衝撃的な出来事とは、まさに生命が脅かされる出来事です。そこから生き延びるためには、敵と向かい合って戦うか、それともすぐにその場を逃げるかしなくてはなりません。これは「闘争/逃避」反応と呼ばれるものであり、危機に瀕した時に人間の神経系が自動的に組み上げていく身体システムに基づくものです。この反応自体は生命を守る大切なシステムであり、自然なものとなります。

問題なのは、トラウマ体験があまりにも強烈であるが故に、危機が過ぎ去った後もこの「闘争/逃避」反応が簡単に引き起こされてしまう、いわば「警戒モード」に身体がなってしまうことです。この状態のことを「過覚醒状態」と呼びます。過覚醒状態とは「闘争/逃避」反応への準備段階であり、常に危険を察知しようと神経が過敏な状態であると言えます。あらゆる刺激に対して反応するようになっており、ちょっとしたことでイライラして怒ってしまったり、あるいは不安で落ち着かずそわそわしてしまう、心配や怯えが継続してしまう、ということが続いてしまうのです。

先に述べた「動」の反応とは、「闘争/逃避」反応や過覚醒状態であると理解すると良いでしょう。これらは元々身体を守るために必要なシステムではあるものの、トラウマ体験をした後にはそれが必要ではない場面でもONになってしまいやすくなることで、いろんな問題を引き起こすことにつながってしまうのです。

「凍結」反応と過沈静状態

トラウマとなるような衝撃的な出来事に対して、「闘争/逃避」の対処法でも困難であるときに取られる方法が「凍結」です。これはいわゆる「死んだふり」のことであり、危機を生き残るためにじっと身を潜めるという方法です。これも「闘争/逃避」と同じく生命を守る生体内のシステムとなりますが、生き残りの方法としてはもっとも古いものとなります。

「凍結」反応も、それが短期的な・一時的なものであれば有用となるのですが、この状態が継続してしまうと、様々な問題が引き起こされます。この状態を「過沈静」の状態だと理解すると良いでしょう。これは過覚醒の反対として「低覚醒」と呼ばれることもあります。こうなると周囲からの刺激に反応できなくなり、活動性も低下して感情も麻痺してしまいます。心ここにあらずというような様子で、抑うつ的な状態となってしまいます。

「静」の反応とは、「凍結」反応や過沈静状態であると捉えることができます。「過覚醒」の苦痛から逃れるために、この状態に逃げ込むことが続いてしまうと、日常生活における困難さが生じてしまいます。

耐性の窓

日常生活を送ったり、安定した人間関係を構築するためには、「動」である「闘争/逃避」の過覚醒状態でも、「静」である「凍結」の過沈静状態でもいけません。その間の「耐性の窓」と呼ばれる領域にいることが大切になるのです。耐性の窓とは「動」と「静」の中間の、いわば「ふつう」の状態をさすものとなります。

それを示したのが、以下の図となります。

トラウマ体験が繰り返されると、だんだんと「闘争/逃避」の過覚醒状態や「凍結」の過沈静状態の領域が広がり、耐性の窓が小さくなってしまいます。そうなると、様々なトラブルが起きやすくなってしまうのです。「動」や「静」を行ったり来たりすることで、その間になかなか留まることができなくなってしまう、とイメージできると思います。

一方で反トラウマ的な状態、すなわち安全で安心な人間関係の中で、自分の身体的な感覚を取り戻すことができるようになると、耐性の窓は広がり、多少のストレスやプレッシャーがあっても安定した生活が送れるようになってくるのです。

トラウマに対する心理療法も、この耐性の窓の枠内で行っていくことが重要になります。安全で安心な環境の中で自分の状態を把握し、過去ではなく現在の身体を取り戻していく中で、またこの耐性の窓を広げることも、トラウマ治療の大切な目的であると言えます。

参考文献

花岡ちぐさ(2020)その生きづらさ、発達性トラウマ?:ポリヴェーガル理論で考える解放のヒント 春秋社

遊佐安一郎(2021)境界性パーソナリティ障害と付き合う143回耐性の窓(5) こころの元気+2021年09月号

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