Contents
「自分が自分であるという感覚」の喪失
解離とは「個人の体験や行動のさまざまな要素が、いろいろな形で、私のではないよそごとになっているような感覚」を指すと説明されています。つまり、「自分が自分であるという感覚」がなくなることです。
軽いものではぼーっとした状態が続くことから、自分が自分でないような感覚(離人感)が付きまとうこと、気づいたら別の場所にいてその間の記憶がないこと、重いものでは自分の中に複数の人格がいることなど、さまざまな症状がみられます。
普通の体験の延長線上にある解離
解離は心の働きによって生じるものであると言われています。自分なのに自分だと感じられない、一人の人間なのに複数の人格がいるというのはとてもショッキングな話に聞こえますが、解離は自然な心の働きであると理解されています。
私たちの意識は、眠かったり、覚醒していたり、落ち着いていたり、興奮していたりなど、普段からさまざまな状態を行ったり来たりしています。「何かに没頭してふと我を忘れてしまった」という経験は誰にもあるものですが、解離とはそうした状態の移行がスムーズにいかないときに生じる現象を指し示します(正常解離)。
過去の心の傷によって生じる解離
そうはいっても、日常生活に支障をきたすような解離は過去に負った心の傷によって生じると考えられます(異常解離)。どうしようもないほどつらい出来事が生じたとき、心は自分の中に壁を建てて辛い部分を切り離し、残った部分で切り抜けようと対処するのです。
しかし、こうして一つの心が複数に区切られてしまうことで、記憶のつながりが失われてしまったり、自分が自分のように感じられないという感覚が生じたりするようになります。心の傷から自分を守るために行う心の防衛が、さまざまな解離の症状の背後にあると考えられています。
解離の代表的な症状
記憶の問題
確かに自分がやったはずの出来事を全く覚えていない、はっと気づいたら別の場所にいた、普段していることが突然思い出せなくなるなどは、解離に由来する記憶の問題です。
他にも、普段できていたことが急にできなくなってしまったり、過去の一時期が思い出せなかったりするということもあります。失われた記憶は、全く思い出せないことも、ぼんやりとであれば思い出せることもあります。
こうした記憶の問題は、過去の心の傷によってできた心の中の壁によって、普段はできている意識内での情報共有に 失敗することで生じると考えられています。
自己感覚の問題
自分の姿を頭の上から見下ろしたように見える、周囲の物が現実でないように感じる、 頭の中から誰かの声が聞こえるなどは、解離に由来する自己感覚(自分が自分であるという感覚)の問題です。
これが強まっていくと、自分の中に自分とは異なる人格がいるという多重人格の状態にまで発展することがあります。こうした自己感覚の問題は、過去の心の傷によってできた心の壁によって、普段はできているさまざまな状態間の移行に失敗してしまったり、あるいはそれらを統合して一人の人格としてまとめあげることに失敗したりすることで生じると考えられています。
その他の症状
これら以外にも、解離あることでさまざまな症状が起こりやすくなると考えられます。
最も多く見られるのは、頭痛や腹痛など、身体化と呼ばれるさまざまな身体的な不調です。これはつらい出来事が心の壁を越えて体験されているものの、うまくそれを心で表現できないときに、代わって身体的な不調が生じているためであると考えられます。
また、こうした辛さを紛らわすために、アルコールや薬物などの依存も生じやすくなると言われています。他にも、思い出せないことが多くなる反面、つらい過去の記憶が非常に強く思い出される侵入的思考(フラッシュバック)も生じることがあります。普段は心の壁によって忘れている出来事が、特別なきっかけによって強く想起されてしまうことによって起こります。
これらは、対処の方略としての解離がうまく機能しなくなった時に生じると言い換えることができます。
解離と自傷行為
そして、リストカットなどの自傷行為もよく見られます。対処の方略として解離がうまくいかない場合、漠然とした死にたい気持ちがわき出てしまい、そのために自傷を行ってしまうのです。過剰な自責感を抱えた人ほど、こうした自傷を行ってしまいやすくなると考えられます。
その一方で、身体的な痛みによって、現実感を取り戻すための自傷を行う人もいます。この場合、自傷によって「すっきりした」という感じになることが多いようです。
いずれにせよ、解離も自傷もどうしようもないつらい出来事に対する孤独な対処法として捉えることができます。
日常生活での対処法
原則:安全で安心な環境の中で、自己コントロール感を取り戻す
述べてきたように、解離とは辛い出来事に対する対処法であり、それが行き過ぎた結 果、自分自身で自分をコントロールすることができなくなってしまったことで、さまざまな困り感が生じてしまっていると考えられます。
そのため、まずはそうした対処法をとる必要がない、安全で安心な環境の中で過ごすことが大切になります。その後、日常生活の中でゆっくりと自己コントロール感を取り戻すように取り組んでよいでしょう。
生活リズムを乱さないように心がける
まずは規則正しい生活リズムを維持することが大切です。毎日、同じ時間に食事をとり、入浴し、十分な睡眠をとるように心がけましょう。生活リズム表をつけることも有効です。また、アルコールやカフェインなどを取り過ぎないようにすることも重要です。
解離への対処法(グラウンディング)を練習する
解離によって自己コントロール感が失われそうになったとき、自分の身体を使って、 「いま・ここ」にいる感覚に注目する方法をグラウンディングと呼びます。詳しい方法については、武蔵野大学心理臨床センターの公開しているこちらの動画を参考にするとよいでしょう。
解離の治療
薬物療法
解離症状を直接的に改善するお薬はありませんが、それに伴う症状を緩和するために気分調整薬や漢方薬が用いられる場合があります。ベンゾジアゼピン系に代表される抗不安薬、睡眠薬は解離症状を悪化させる場合があるため、慎重に投与されるのが一般的です。
精神療法
解離に対する精神療法はいくつか存在しますが、いずれも治療経験を積んだ精神科医やカウンセラーによって行われる必要があります。
解離は辛い出来事への対処法であるがゆえに、それを精神療法の中で扱う際には、痛みを伴う心の作業を行うことは避けられない側面があります。自己コントロール感を取り戻すという点からも、そうした作業を主体的に行う心の準備が必要であると考えられます。
参考文献
フランク・W・パトナム,中井久夫訳(2017)解離:若年期における病理と治療,みすず書房