トラウマの再演について

ここまで診断基準を中心として、PTSDと複雑性PTSDの症状について述べてきました。最後にそうした診断基準の中には含まれていないものの、重要な特徴としてトラウマの「再演」について取り上げたいと思います。

繰り返されるトラウマ

トラウマとなる出来事は、思い出すことも辛いような事件や被害です。しかしそれにも関わらず、その出来事と似たことを繰り返し、再び傷ついてしまうことがよく見られます。さらにそのことで周囲から余計に傷つけられたり、また自分自身を責めてしまうことで、孤立感や絶望感が深まってしまいます。

しかしながら、この繰り返しそのものが、トラウマによって引き起こされるものなのです。これをトラウマの「再演」と呼びます。

この再演のメカニズムに気づくことは、回復をする本人にとっても、そしてそれを支える周囲の人間にとっても、とても重要になります。

再演の種類と代表例

再演は、実際に危険な場面を繰り返してしまうものと、人間関係を繰り返してしまうものに分けると捉えやすくなります。

場面の繰り返し

場面の繰り返しとは、被害が生じた場面に再び身を置いてしまうことを指します。例えば、性的な被害を受けた過去がある人が、見知らぬ異性と二人きりで出会うなどして、結果として再び性被害を受けてしまうことが挙げられます。

もちろん、どんな場合でも被害を受けていいわけありません。しかし周りからみると危うくてしょうがないにも関わらず、なぜか本人は吸い寄せられるように、そうした場所に向かってしまうのです。実際、一度性被害にあった人は、繰り返し被害を受ける可能性が高いことが統計的に確かめられています。

人間関係の繰り返し

人間関係の繰り返しとは、傷つきが生じた背景にあった、支配する側と支配される側という関係を、その後の人生で築く関係においても繰り返してしまうということです。例えば、親から日常生活や友人関係の細かいところまで干渉される息苦しい環境の中で育った人が、そこから脱出しようと結婚したパートナーからモラハラを受けてしまうことがあげられます。これとは反対に、親から支配された子どもが、今度は支配する側となり、パートナーに暴力やモラハラをするようになってしまうということもあります。

いずれにせよ支配する側と支配される側という関係が繰り返され、対等な人間関係を築くことが難しくなってしまいます。この人間関係での再演は、主に親しい関係性において生じます。そのため、最初は優しかったパートナーが、距離が縮まるにつれて段々と支配的になっていくということが起こります。

再演はなぜ生じるのか

では、なぜこうした再演が生じてしまうのでしょうか。いくつかの視点から、再演が生じるメカニズムについて考えたいと思います。

自己治癒の試みとして

再演は自分自身を治療しようとするために生じることがあります。これは場面の繰り返しをよく説明してくれます。

トラウマとなるような体験は、他の体験が与えるものとは比べられない強い影響を持ちます。トラウマ体験によって、その人生は暗黒に覆われてしまうように感じられます。

前に進むためには、そうした闇を振り払う必要があります。そのため、トラウマを負った人はその体験に打ち勝つような体験を求めます。同じような状況を繰り返し、今度こそはうまくやろうと試みる。そしてその苦境を今度こそは乗り越えることで、再び自分の人生に力と自信を取り戻そうとする。つまり過去を精算しようとする、自己治癒の試みとして同じような場面を繰り返してしまうのです。

しかしこうした試みは、無意識的に生じるのです。トラウマを負った人は、意識では二度と傷つきたくはないと思っています。しかしそれにも関わらず、無意識では力と自信を取り戻したいと望むのです。

そのため、凄まじい葛藤とともに再演は生じるのです。「なぜそんなところに」「なぜそんな人を」と問われても、本人だって説明しようがありません。無意識の力でどうしようもなく、危険な場面に吸い寄せられてしまうのです。

そして最大級に不幸なことは、こうした自己治癒の試みとして生じたにも関わらず、それは失敗してしまうことがほとんどであるということです。結果として残るのは、再び深く傷つけられたというトラウマの反復です。無意識の力で引き起こされる再演は、とても危険なものであるといえます。

非日常を安全に感じてしまう

非日常を安全に感じるようになった結果として、再演が生じてしまうこともあります。これは児童虐待を受けたり、DVなど家族間での暴力があった場合に、場面や人間関係が繰り返されてしまう背景にあると考えられます。

本来であれば、日常生活を送る家庭は、子どもの安全は保証されています。たとえ外で怖い思いをしても、家族の元に戻れば安心できるし、大切にしてもらえる。家庭とは日常の、安心や安全の源となるべき場所です。

しかしながら、虐待や両親間でのDV、あるいは親が毎日深酒をして暴れるなどする家庭では、子どもは平穏な日常生活を送ることはできません。むしろ家庭の外の方が安全な場所になります。

こうした家庭で育つと、日常こそが「危険」であり、非日常こそが「安全」であるという、逆転した感覚が子どもに根付いてしまうのです。そうした人が成人し、家族の外に出ると、危うさの見分けがつかなくなってしまいます。どんなに危ない人や、自分に危機が迫っていたとしても、「家よりも外の方が安全」という感じがあるので、そこから離れることができません。

そうすると、本人自身が作る日常も逆転していきます。非日常を安全に感じてしまうからこそ、安定しないアップダウンが激しい生活になりやすかったり、あるいはそうした対人関係を結びやすくなってしまう。つまり、普段過ごす日常を危険なものとしてしまうのです。本人としては意識しないうちに、被害が起こりやすい環境で過ごすことになってしまいます。また非日常の方がスリルがあって充実している感じがあるために、そこから抜け出すことも困難になります。

そうした中で再演が生じてしまうのです。

慣れ親しんだ人間関係を求める

再演とは慣れ親しんだ人間関係を求めるがゆえに生じることもあります。これも幼少期を過ごした家庭環境が引き起こすような再演をよく説明してくれます。

子どもは親に世話をされることでしか、生きていけない存在です。あらゆる面で親に依存しながら成長していきます。親に比べ、子どもははるかに無力です。しかし、多くの親は子どもの意志や気持ちを大切にしています。力づくで言うことを聞かせるのではなく、対等な存在として扱うのです。このように育てられた子どもは、人間関係の基本を対等・平等なものとなります。

しかしながら、 児童虐待やDVなど家族間での暴力がある家庭の中では違います。また、明確な暴力がない場合でも、必要以上に親が干渉的であったり、否定的な言動をいつも浴びせられたりするような家庭でも同様です。

そこでは、愛情表現として「攻撃」と「密着」という方法が用いられます。攻撃は直接的な暴力や暴言、脅しなどです。他にも「もう死んでやる」「あんたのせいでこうなった」など罪悪感を生じさせるような言動も含みます。

密着は、子どもを一人の存在として認めずに、あたかも自分の一部であるかのように扱うことを指します。子どもの意思や気持ちを聞かずにいろんなものを決めてしまったり、あるいは親のグチの聞き手とするような場合があてはまります。

攻撃と密着は、共に強者が弱者を支配し、自分の意のままに扱おうとする方法です。こうした家庭で育った子どもは、人間関係の基本が支配する・支配される関係となってしまうのです。

人間は大人になっても、慣れ親しんだ人間関係を求めます。そのためその基本が支配する・支配されるとなっていると、そうした関係に結び付きやすくなってしまうのです。トラウマとなるような出来事は、支配する・支配されるという関係の中で生じることがほとんどです。その結果、再演が生じてしまうことになるのです。

なぜ、対等な人間関係が難しくなってしまうのでしょうか。支配する、非支配されるの関係は、ある意味でわかりやすい関係です。そこで用いられる、 暴力やお金、あるいはセックスといったものは、わかりやすく他者と結びつく手段になります。一方で対等な人間関係の基盤となる信頼や思いやりといったものは、わかりにくく不確かなものです。トラウマの結果として基本的信頼感がゆさぶられた人にとっては、それを掴むことは困難となってしまうのです (参考:基本的信頼感とトラウマ) 。

回復のために

その他にも、解離と呼ばれるストレス対処法や、自分を低めたいという無意識的な欲求、そして被害を受けやすい人物を見分ける加害者の存在など、さまざまな要因が複雑に絡み合い、トラウマの再演は生じてしまうと考えられます。

被害者自身も、こうした再演を恐ろしいものであると感じています。しかしそれを避けられない運命として捉えて、人間関係のやむをえない対価として受け入れてしまうことが多いです。再演を止めるためには、まずはトラウマ体験によって引き起こされていることに気づく必要があります。そして無謀な再演ではなく、周囲の人たちの力を借りながら、本人の力と自信をゆっくりと取り戻していくことが重要です。

自身の力だけでこうしたトラウマの再演に気づき対処していくことは非常に難しいのもまた、事実です。専門家の援助を受けたり、あるいは似たような境遇の仲間たちと共に回復を目指すことが求められます。

参考文献

ジュディス・L・ハーマン,中井久夫訳(1999) 心的外傷と回復(増補版) みすず書房 

上岡陽江・大嶋栄子(2010) その後の不自由:「嵐」のあとを生きる人たち 医学書院

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