トラウマ治療について

ここまで、PTSDと複雑性PTSD、そして発達性トラウマ障害の概念や症状について述べてきました。次に、これらの治療法について述べていきます。

重要なポイントとしては、PTSDに対しては有効な治療法がかなり確立しつつある一方で、それをそのまま複雑性PTSDに適用するかどうかについては議論がある、ということになります。

まずは有効だと言われている代表的なPTSDの治療法について見ていきましょう。

PTSDの治療法

この記事の中で述べたように、「ホットな」トラウマ記憶が心の中で異物として存在しているPTSDにおいては、その症状はそうした「ホットな」トラウマ記憶を取り除くことで回復することが期待できます。取り除くとは言っても、記憶を無くすることはできません。そのため、トラウマ記憶を通常の記憶に変換していくことが、その主な治療の目的となります。

以下でほんの少しだけ、各治療法について触れたいと思います。

持続エクスポージャー療法(PE)

持続エクスポージャー療法(PE:Prolonged Exposure)は認知行動療法の一つで、PTSDに対して有効性が確かめられた心理療法となります。PTSDにおいて「ホットな」トラウマ記憶がいつまでも残ってしまうのは、それを回避してしまうためであると考えられます。治療者に支えながらトラウマ記憶に触れていくことで、馴化(慣れること)を体験し、徐々に通常の記憶へと戻していく治療となります。

EMDR

EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)はトラウマに特化した特殊な心理療法の技法です。トラウマ記憶にまつわるイメージ、感情、感覚などを思い浮かべながら、治療者が左右に動かす指の動きを目で追い、感情や感覚がどのように変化していくかを見ていくという治療法です。目を左右に動かすことで左右の脳に刺激を与え、情報処理が進むことでトラウマ記憶が通常の記憶に統合されていくと考えられています。

CPT(認知処理療法)

CPT(認知処理療法)は認知行動療法の一つで、PTSDのためのマニュアル化された心理療法となります。CPTでは、PTSDの症状はトラウマ後の反応としては自然なものであり、その問題を病理ではなく通常の回復プロセスの混乱や遅滞と捉えます。そうした阻害を生み出すのはトラウマ後に生じた否定的な認知であり、それに介入していくことを試みる治療となります。

対人関係療法

対人関係療法(IPT)もPTSDに対して効果のある心理療法です。この治療法の最大の特徴は、トラウマとなった体験そのものを扱わないという点です。PTSDへの対人関係療法では、トラウマからの回復を阻害は現在の対人関係上の問題から生じていると捉え、それを取り上げて対処法を考えていきます。

TF-CBT

TF-CBT(トラウマ・フォーカスト認知行動療法)は子どものトラウマに特化した認知行動療法のプログラムです。子どものPTSDの治療法としては、もっともエビデンスのある心理療法です。子ども自身だけではなく、その生活を支える養育者の支援も一緒に行うことで、より効果的な回復を目指すものとなります。

ソマティック・エクスペリエンシング(SE)

ソマティック・エクスペリエンシング(SE)も、近年注目を浴びているPTSDへの治療法です。ソマティックとは「身体的な」という意味であり、トラウマ体験がもたらす身体的な反応、とりわけ自律神経系の反応に注目し、その調整をはかることでトラウマからの回復を目指すものです。

NET(ナラティブ・エクスポージャー・セラピー)

NET(ナラティブ・エクスポージャー・セラピー)はPTSDに特化した、認知行動療法の一つです。ナラティブとは「物語」という意味で、人生全体を振り返りながら「自分史」の中にトラウマ記憶を統合していくことを試みる治療となります。

その他の心理療法

その他にも、さまざまな心理療法が試みられています。

ブレインスポッティングはEMDRやSEをベースとしたトラウマ治療法です。ボディ・コネクト・セラピーは、さまざまな身体的アプローチ法を統合して開発されたものです。TFT(思考場療法)は身体との特定の場所へのタッピングによって「心の刺抜き」をはかるものです。ホログラフィートークは軽い催眠状態で行われる、幼少期のトラウマケアとなります。

IFS(内的家族システム療法)自我状態療法MBT(メンタライゼーション・ベースト・セラピー)といった心理療法も、解離や愛着外傷といったトラウマ周辺の心理療法として、よく用いられます。

複雑性PTSDの治療

それでは複雑性PTSDに対しては、どのような治療が可能なのでしょうか。

すでに述べたように、複雑性PTSDではPTSD症状に加え「感情の調整障害」「自己概念の変化」「対人関係の障害」といったさまざまな症状が生じているため、より広範囲の症状に対する治療が求められます。またトラウマとなった出来事も苛烈なものが多く、より慎重な対応が求められます。

こうした複雑性PTSDの治療においては、大まかに分けて二つのアプローチが提唱されています。

一方の考え方は、上に述べたようなPTSDの治療法をそのまま使っていこう、という考え方です。より慎重で丁寧に治療を進めていくことが必要ではあるものの、複雑性PTSDに対してもPTSDで有効とされる治療法が、基本的にはそのまま使うことができるということです。ここで重要になるのは、あくまで患者が耐えれる範囲の負荷を調整して治療を行っていくという「滴定(タイトレーション)」という概念です。つまりマグマが爆発しないように調整して治療を進めることができれば、「ホットな」トラウマ記憶の処理は可能であり、それによって全体的な症状の改善を目指すことができる、というアプローチになります。PEやEMDRといったPTSDのために確立した治療法を複雑性PTSDに用いるときには、こうしたアプローチが採用されることになります。

もう一方の考え方は、複雑性PTSDに対してはPTSDと異なる治療戦略が必要になる、という考え方です。これは主に、PTSDに有効な方法であっても、そのままの形で複雑性PTSDに用いることは危険であり、まずはしっかりと「安定化」の段階を経てから行うべきであるということです。ここで重要になるのは、患者が耐えれる負荷の範囲を十分に広げてから治療を行うべきであるという「治療の窓(※「耐性の窓」とは異なります)」という概念です。つまり「ホットな」トラウマ記憶が沸き起こっても、それがコントロール不可能まで爆発しないように周囲を固めることができて、はじめてその処理が可能となるという段階的なアプローチであるといえます。認知行動療法の中でも、「STAIR(感情と対人関係の調整スキル・トレーニング)」と呼ばれる治療法はこの考え方を採用していますし、またTF-CBTにおいてもこの考え方は取り入れられています。

実際の複雑性PTSDの治療においては、この二つのアプローチを使い分けていくことが求められると言えるでしょう。つまり「滴定」の工夫によってトラウマ処理が可能であればそれを目指す一方で、「治療の窓」を広げる安定化の準備段階が必要ならばしっかりとそれを行うべきである、ということです。そしてこの治療方針を決めるためには、治療者と患者がしっかりと両者のアプローチのメリットとデメリットについて話し合うことが大切であると考えられます

発達性トラウマ障害の治療

PTSDや複雑性PTSDとは異なり、発達性トラウマ障害は正式な診断基準の中に収録されていません。ですが、PTSDや複雑性PTSDに準ずる治療が有効であると考えられます。

PEやEMDRといったような治療では、今は直接的なPTSD症状を生み出すことはないものの、様々な負の影響を生み出すような「クールな」トラウマ記憶をも処理することも期待できます。また、SEや対人関係療法といったトラウマによる影響を主として扱うような治療法も、有効に働くことが期待できます。

参考文献

飛鳥井望編(2021) 複雑性PTSDの臨床実践ガイド:トラウマ焦点化治療の活用と工夫  日本評論社 

白川美也子監修(2019) トラウマのことがわかる本:生きづらさを軽くするためにできること 講談社

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