複雑性PTSDの症状と問題③対人関係の障害

対人関係の障害

複雑性PTSDの症状と問題として、最後に取り上げるのが対人関係の障害についてです。診断基準の中で、対人関係の変化について次のように書かれています。

人間関係を維持し、他の人を親密に感じることへの持続的な困難。人との関わりや対人交流の場を常に避ける、軽蔑する、またはほとんど関心を示さない。あるいは、時として非常に親密な対人関係を持つこともあるが、それを維持するのは困難である。

繰り返しトラウマを負ったり、あるいは幼少期に虐待や不適切な養育を経験すると、対人関係、つまり人と人との繋がりの仕方が変化することになります。ここではそのことについて詳しくみていきましょう。

対人関係のために必要なもの

そもそも、私たちが対人関係を持つとは、どのようなことなのでしょうか。自分とは異なる「他者」に出会うことで、対人関係は生まれます。何を考えているのか、どんな行動をとるのか、全くわからない他者と関係を持つというのは、よくよく考えてみると怖いことです。それにもかかわらず、私たちは普段の生活の中で、自然と新しい人間関係を持つことができます。

なぜかというと、私たちは「基本的に他者は自分を傷つけることはないだろう」と考えるようになっているからです。こうした考えがあるからこそ、新しい対人関係をスムーズに持つことができるのです。先ほど述べたように、心理学ではこれを「基本的信頼感」として、人生の一番初めに獲得するものであると言われています。しかしトラウマ体験、とりわけ複雑性PTSDの要因となる反復するトラウマや幼少期の虐待は、この基本的信頼感を打ち砕いてしまいます(参考:基本的信頼感とトラウマ)。

トラウマを負った後に対人関係はどうなるのか

トラウマ体験によって基本的信頼感が失われると、他者に対して常に警戒心を持つようになってしまいます。常に相手が自分を傷つけないか、裏切らないかを考えなくてはならなくなります。そうした判断を続けることは非常にエネルギーを使い、それだけで疲れ切ってしまいます。

何より、考えても考えても「相手は本当に自分の味方なのか」という疑問に最終的に答えを出すことはできません。常に不信感を抱えながら、対人関係を続けることになります。さらに、トラウマを負った人は、再び傷つけられるようなことを経験しやすい傾向があります。そのため、トラウマを体験した人は、安定的な人間関係を築いたり維持することがますます困難となってしまうのです。

対人関係の障害の具体例

対人関係を避けるようになる

対人関係の障害としてまず生じやすいのは、人間関係全般を避けるようになるということです。

誰とも関わらないのが一番安全であるという結論は、その人が体験してきたトラウマを理解するのであれば、当然であると言えます。また、そこまで極端でなくとも、いちいち敵か味方を判断するために、人と関係することに非常に疲れてしまうから人付き合いを極力少なくしたり、表面的なやりとりに終始する、という場合もあります。

こうした人たちにとって、恐怖の対象となるのは自分を害する人だけではありません。反対に親身になってくれる人にも、恐怖を感じてしまうのです。何か下心があるのではないか、自分を騙そうとするのではないかと思い、本当は自分の助けになってくれたかもしれない人まで遠ざけてしまうことがあります。

その結果として、社会的に孤立した生活を送ることになってしまい、場合によっては引きこもりとなってしまうこともあります。

人への評価が両極端になる

対人関係の障害として生じやすくなるものとして次にあげられるのは、人への評価が極端になるということです。

基本的信頼感があると、人間関係にも余裕が生まれるため、他者に対しても寛容に接することができます。何か嫌なことや許せないことがあっても「確かにこの人のこの部分は嫌だけども、この部分は好きだよね」と考えて、その人との関係を維持することができます。

ですがトラウマを負った後の人には、そんな余裕がありません。ほんのちょっとの気配でも「もしかしたら・・・」と感じたのであれば、自分を害するものだと判断し、対処しなくてはならないのです。いわゆる「敵認定」をして、攻撃したり、遠ざけることになってしまいます。

その一方で、自分の味方となってくれる人を探し求めることになります。そしていざ見つかると、その人に今度は頼りきりになってしまいます。周囲が敵だらけなのですから、それもしょうがないでしょう。時には完璧な救済者であるように感じられることすらあります。

しかし、そこまで理想化してしまうと、今度はその人がいないと自分はダメだ、と思い込んでしまうようになります。離れまいと必死になって、死に物狂いに繋ぎ止めようという行動さえしてしまうことがあります。

ですが、そんな完璧な人など存在しません。今までとっても信頼していた人でも、ちょっとでも自分の思い通りにいかないところがあると、ムクムクと対人不信が膨らんでしまいます。そして急に「敵認定」なされてしまう、と言うこともあります。このように人の評価が極端となり、そしてオセロのように、急に白黒反転してしまうのです。

対等な人間関係で不安を感じる

対人関係の障害として生じやすくなるものとして最後にあげられるのは、対等な人間関係で不安を感じるということです。

既に述べてきたように、基本的信頼感がないと、何を考えているのか、どんな行動をとるのかわからない他者と関わることがとても不安となってしまいます。ここで重要なのは、なにより不安になるという特徴が現れるのは、対等な人間関係においてであることです。

たとえどんな人間関係であろうと、基本的信頼感があれば、自分は基本的には悪い扱いをされることはないだろう、と思うことができます。しかし、基本的信頼感がないと、相手がどう反応してくるかわからなくなってしまいます。そんな中でも、利害関係や上下関係がある人間であれば、相手がどう反応してくるか比較的予測することが容易となります。「相手にとっても自分は必要だから」と、そんな簡単に自分に害をなすことはないだろう、と安心できるのです。

反対に、そうした利害や上下関係がない対等な関係においては、予測がつかないためにすぐ不安となってしまいます。そのため、本来なら対等な関係を築くことが望ましいような、恋人や家族、友人といった人たちとのつながりの中にさえ、不安を避けるために、利害や上下関係を求めるようになるのです。

具体的には、親密な関係にある他者に対して、金銭を差し出したり、望まないセックスをせざるをえなかったり、あるいは反対に相手を支配しようと振る舞うようになってしまうことなどが挙げられます。こうした傾向の背景には、犠牲を受け入れてしまうような自己概念の低さもまた影響していると考えられます。そして結果的には、再びトラウマと類似した被害や人間関係を繰り返してしまいやすくなってしまうと考えられます。

精神科医のハーマンは、トラウマによって傷ついた心の力の回復は、人間関係の網の目を背景にしてはじめて起こり、孤立事態においては起こらないと述べています。そうであるならば、この対人関係における障害はトラウマからの回復を拒む大きな障壁になると考えられます。実際、せっかく治療者や本当に助けになるような人間に出会ったとしても、この対人関係における障害があるがために、自らそうした人を遠ざけてしまいます。当事者やそれを支える人、そして治療者はまずはこうした問題があることをしっかりと理解することが、その回復を支えるためには必須であると考えられます。

参考文献

白川美也子監修(2019) トラウマのことがわかる本:生きづらさを軽くするためにできること 講談社

ジュディス・L・ハーマン,中井久夫訳(1999) 心的外傷と回復(増補版) みすず書房 

杉山登志郎(2019) 発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療 誠信書房

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